ケンブリッジ大学のマーチィン・リチャード博士等は1980年10月から81年9月までの1年間にわたって、34人の超未熟児をラムウールで造ったスライバーニットと、綿シーツの上で保育した場合の両者の違いを研究した。その結果の概要と本研究レポートの一考察を紹介します。
BABIES NURSED ON LAMBSWOOL
By Stephen Scott
Penny Lucas
Tim Cole
Martin Richards
(Child Care and Development Group, University of Cambridge
And MRC Dunn Nutrition Unit, Cambridge)
Ⅰ. レポートの概要
1. 結果の要約
- 誕生時の平均体重が1.143Kgの超未熟児をウールマットを敷いた保育器内で17人、綿シーツを敷いた保育器内で17人を保育した。その結果、試験期間中の体重増加量にウールグループは平均21.5g/day、コットングループは平均18.2g/dayと顕著な差が認められた。
- ウールマットを無償で支給し、通常児の保育に家庭で使用してもらって、その母親に乳児の動向を観察してもらった。その結果によると、
- ウールマットの上では、乳児はあまり泣かなかったこと
- 授乳の後、すぐに眠ったこと
- 授乳の前でも、より長い間静かに寝転がっていたこと
が総ての母親から報告された。
2. 試験方法
- ラムウールのマットは遊び毛や抜け毛を取り除くため、充分にブラシを掛けた。マットとシーツは原則として3日おきに取り替えた。ただし、汚した場合にはその都度取り替えるようにした。
- 総ての乳児はオシメだけをつけ、裸のままで保育し、うつぶせとあおむけの姿勢を3時間ごとに繰り返した。
- 医者や保育者達は研究の対象となった乳児について、授乳、保育の仕方、医学的な治療など全く同じに扱った。
- 研究者たちはいっさい乳児の世話をしなかった。
- 研究を始めるに当たって、総ての乳児の母親に事前に了解を取った。
- 体重測定は、看護スタッフが総ての対象乳児に対して毎日同時刻に電気デジタル表示計を用いて測定した。
- 24時間を一区切りとして、乳児の健康状態を“良好”、“普通”、“病気”の3段階に分類してチェックした。
3. 未熟児の誕生時の体重、性別、研究に入ったときの生後日数および体重
4. 結果
- 未熟児の保育結果
- ウールグループの体重増加の平均値は21.5 g/day、綿シーツグループは18.2 g/dayと3.3gの差を示した。これは誕生時の体重、研究開始時の体重、生後日数などとの間には全く関係が認められなかった。1日当たり3.3gの体重増加の差は非常に注目すべき値であり、ウールマットが未熟児の寝具として極めて有効であることがわかる。
- ウールマットの上で保育されている乳児は非常に安定した状態にあり、よりかわいく見えた。したがって、自分の子がウールマットで保育されていることに不満を持つ母親は一人もいなかった。逆に、「自分の子がなぜウールマットに寝かせてもらえないのか」と質問する母親が多かった。
- 通常児保育での母親の観察結果
通常児を家庭でウールマットの上に寝かせて保育した場合の特徴について、母親の観察記録によると、 - 乳児に安定感を与えるのか、ウールマットの上で乳児はあまり泣かなかった。
- ウールマットの上では乳児の動きが少なかった。乳児からウールマットを取り去ると目に見えて動きが激しくなった。
- 授乳の後、ウールマットの上に寝かせるとすぐに寝ついた。
- 人造繊維のマットを使用すると、ウールマットで観察される状態と総ての点で違っていた。保育には人造繊維のマットの使用は適当ではない。
と報告された。
Ⅱ. 前掲レポート対する一考察
ヒトが最もストレスを感じることなく、最もリラックスした状態にあるのは、胎児の時に母胎の羊水の中で眠っている状態に限りなく近い環境がある時と、母親の胸の中に抱かれ、母のぬくもりと鼓動が伝わってくるような状態に置かれている時であると言われている。
ヒトは風呂に入った時にすべての緊張から解放され、リラックスできるのは、前者の状態に近いからにほかならない。
ヒトだけではなく、同じ哺乳動物である野生のシカが湯治のために集まって来たという温泉場の伝説、馬の病気や怪我を癒すために温泉療法が現在でも行われていること等々は、いずれも本能的に緊張感を緩める効果があることを物語っている。
同様に、ヒトの皮膚感覚も極めて動物的本能を持っており、肌に接するものの快・不快を瞬時に読み取ることができる。
ヒトは動物学的に、哺乳類・霊長目・ヒト科・ホモ サピエンスという戸籍を持っている。
一方、ヒツジは哺乳類・偶蹄目・ウシ科に属し、共に哺乳類の流れをくむ親戚筋に当たる生物である。
羊毛はヒツジの皮膚が変形したものであるといわれている。したがって、その感触がヒトにとって悪かろうはずがない。
羊毛をヒトの肌に接すると、ヒトは本能的に母のぬくもりを感じ、本能がちゃんとその快感を読み取るものと思われる。
古くから、馬の鞍下にはウールが使われて来た。現在に至るも、いかなる素材にも置き換えることが出来ないといわれている。
馬も哺乳動物である。馬にとって羊毛の感触が最もストレスが少なく、快感であるからにほかあるまい。
馬は何も語ってくれないが、きっと、一番気持ちいいに違いない。
理屈はともあれ、昔の人は経験的にウールの鞍下を使った時が、馬は一番おとなしいことを感じとっていたのである。
ヒトとの関わりあいにおいて、羊毛繊維が吸湿性・放湿性に優れていること、保温性がよいこと等々、物理的な快適さもさることながら、羊毛繊維の本当の良さは、ヒトの生理的・動物的な本能にそれを求めることができる。
すなわち、皮膚の感覚がストレス刺激を受けた場合、間脳の視床下部を刺激し、自律神経のバランスを崩し、精神的、情動的な変化が起こり、交換神経の緊張を高める。
その結果、自律神経系、内分泌系、免疫系の異常を来す。
逆に、ヒトの肌が本能的に“快”の刺激を知覚した場合には全身の諸器官が正常に機能する。
皮膚感覚刺激は、ヒトが体内に身体細胞と違った物質を入れた場合、抗原抗体反応によって無毒化したり、無害化する免疫学的機序とその鋭敏さにおいて非常によく似ているように思われる。
以上の点から、ウールマットを使用した場合に、未熟児の成長を早め、健康状態を良くする効果が出たと云う前掲の研究結果は首肯される。
ヒトのストレスを減らし、健康で長寿を全うするために羊毛繊維はヒトにとって不可欠の繊維であると云える。
特に、外的環境変化に対して順応性を欠く乳幼児や高齢者、肉体的体力の少ない病人にとって、羊毛製品はやさしい製品であると云える。
就中、羊毛ふとん、純毛毛布は健康維持のために是非使いたいものである。